禅と茶の集い

40年以上続くお茶と坐禅の市民サークルです。

真浄

「禅と茶の集い」便り(277)

輪読は"ブッダはなぜ子を捨てたか”より“ブッダが教える愉快な生き方”(藤田一照著)に変わりました。 小タイトルは“学びの宗教” 「掃除や食事などの日常生活全般を修行ととらえ,生きることそのものから『学ぶ』ことが修行なのです。」と書かれている。 多く…

日本にもブッダがいた「禅と茶の集い」便り(274)

昭和6年,藤井日建は単身でインドに渡り,孤独と貧困の中で開教を始めた。 かつてのブッダもヒッピー,今日の自分もヒッピーが口癖の一つ。 平和運動はネパール,スリランカ,アメリカ,ソ連,ヨーロッパにおよび戦争と核武装の廃絶を訴えた。 又世界各地に…

姿をあらわしたカミ、隠されたホトケ「禅と茶の集い」便り(266)

12月6日 禅と茶の集い 輪読は、“ブッダは、なぜ子を捨てたか” 本日の小タイトルは、「姿をあらわしたカミ、隠されたホトケ」。 中世以降、絢爛豪華な寺院が建てられたのに対し、神道の側も森や山などに神々の像をつくって社殿を建てるようになった。 そして…

無我の仏教・無私の仏教「禅と茶の集い」便り(262)

禅と茶のつどい、11月1日の報告です。 『ブッダはなぜ子を捨てなのか』の輪読では、インドの仏教は「無我の仏教」で、日本の仏教は「無私の仏教」であった。 そして、ブッダが想像もしなかった「先祖崇拝、先祖=死者」への変容である。 お茶の亭主は森本…

ブッダの教えはどのように広まったか「禅と茶の集い」便り(260)

「ブッダはなぜ子を捨てたか」の輪読。 第4章の“ブッダの教えは,日本へどのように広まったか” 奈良時代は,教義を論理的に研究する法隆寺や東大寺のような学問仏教であった。 平安時代は,世俗的な世界と切り離された山岳の静寂な地で瞑想し,身心を錬磨す…

犯罪者も救われるのか「禅と茶の集い」便り(256)

『ブッダはなぜ子を捨てたのか』の輪読では、 父母殺しのような罪を犯した者は救われるのか、救われないのか、救われるためにはどうしたらよいのか。 連続殺人を犯し死刑となった永山則男や、虐待による子殺しの例 等、話題に出ました。 お茶の亭主は森本さ…

お抹草??「禅と茶の集い」便り(252)

ブッダの教えが日本に到達したとき、千年がたち教えは変質してた。 ブッダの教えの中に浄土におもむくことや、日本人の抱いていた無常観とはまるで異質なものであった。 雑誌の中で色々な宗派又曹洞宗、臨済宗との相違、インドブッダガヤに集う各宗派等が話…

禅体験会の参加者と「禅と茶の集い」だより(248)

本日(5日)の『禅と茶の集い』のには、先週まで行ってきた禅体験会の男性2人と女性1人の3人を含む14名の参会者がありました。 先ず“ブッダは、なぜ子を捨てたのか”の輪読をしました。 ブッダの最後の言葉「遺骨の供養にかかずらわるな」に対し、アーナ…

「禅と茶の集い」便り(202) 一滴の水にも命がある

6日(金)本日の「禅と茶の集い」には10人参加、来週は7時より一柱香その後懇親会です。 体験教室を終え久しぶりに「禅と対話する」の読書会。 小タイトルは、「一滴の水にも命がある」。 人間中心の世界観のヨーロッパに対し他の生物も人間と同じ重さの…

「禅と茶の集い」便り(197) 禅体験教室1 一行三昧

6月1日、禅体験教室、第1回を開催 一行三昧の説明に睡眠の例を用いて説明した。 眠れない時、雑念の悪循環に陥る。 坐禅により副交感神経を高め雑念を出にくくし、睡眠に集中させる。 一番の睡眠薬と思い実行している人もいる。 その後、坐禅の仕方の説明…

禅と茶の集い40周年記念パーティ

話は昨年末に遡ります。 昨年最後の集いは太田ワークショップだったのですが、数名でちょっとした打ち上げかねてワインを飲みに行きました。 その際に松風(禅と茶の集い機関紙)40周年記念号の配布方法について相談し始めたとき、栗田さんから折角だから寄稿…