禅と茶の集い

みをただし いきをととのえ すわるとき そのみ そのまま みな ほとけなり

現代社会人のための禅修行階梯 第二部(4)「坐禅の行」 

第三章 体性感覚における「中核自己に備わっている3つの宝物」を体得し・味わい・使いこなすための技法    

 

第一部(13)で述べましたように、体性感覚における「中核自己に備わってい る3つの宝物」とは、 ①「断」または「断」の機能 ②「風の感覚・身体が感じる軽やかさ・・・重荷からの解放感・楽しさ」 ③A「身体が感じる窮屈さ・身体が感じる弱さ・・・愁い・悲しみ」 ③B「身体が感じるゆとり・身体が感じる穏やかさ・・・優しさ・思いやり」 ということでした。  

 

この「宝物」を、「地下トンネル」の中の鉱脈から見つけ取り出し(体得し)、そして「地下トンネル」内で味わい・使いこなしていくのです。  

鉱脈としましては、「坐禅の行」、「手の形それに伴う心の有り様(印契) の探求」、「歩行の修練」があります。

 

Ⅰ 「坐禅の行」

 

修練の第一はなんといっても坐禅の質を向上させることです。

といいますのも、「禅修行の場」における覚醒時の日課の中で、「自伝的自己」の機能が介入しない「行」といいますのは、「随息」または「只管打坐」の時だけであるからです。

 

「数息(観)」では、「数える」という「自伝的自己」の機能が関与しますし、まして坐禅中に公案工夫するということは、なおさらのことです。(非レム睡眠つまり夢を見ていない睡眠の時にも、「自伝的自己」の機能は働いていません。)

 

後に触れます「歩行の修練」の場合、室内であっても周囲の状況を気付き・知覚・認識する必要がある、つまり「自伝的自己」の機能が介入せざるをえないのです。

 

また参禅や提唱の拝聴は当然ですが、洗面・食事・排泄・作務・読経等の場合にも、「自伝的自己」の機能が介入してきます。

つまり「随息」または「只管打坐」の場合だけが、「自伝的自己」を支えるシステム②「快・不快、不安・恐怖・怒り・恨み・憎しみ・嘆き、あるいは喜び・笑いなどの情動を発現し、それと前後して自律神経症状を発現する機能」、④「エピソード記憶を集積・上書き・保存・想起し、それによって自分の命・財産・名誉・家族(子孫を残すことを含めて)・郷土・国などを守ろうとしたり拡張増大したり、あるいは自分達の思想や教えを保持し・強化し・拡張しようとする機能」、⑤「意味記憶を集積し、それによって気付き・知覚・連想・思考・想像・内省・構想・企画・創造する機能」を徹底的に「棚上げ」する働きを有しているのです。

 

耕雲庵立田英山老師の『数息観のすすめ』では、数息観のレベルを前期・中期・後期の三段階に分け、「後期では、もう呼吸などは意識せず、従って息を数えるのでもなく、そういうことは一切忘れはててしまうのです。忘れるといっても、数息観はしているのですから、ただ放心状態になっているのではありません」と書かれています。

 

ところが、公案体系による禅修行をされているほとんどの方は、坐禅中に公案工夫をしたり、あるいは「数息(観)」を修練されていて、耕雲庵老師のいわれる後期の数息観の究明にまで至らないというのが実状です。

 

いずれ触れますが、「自伝的自己」を支えるシステムの②と⑤は比較的容易に「棚上げ」することはできるのですが、④はしぶとくて容易には「棚上げ」できないのです。

そして「禅修行の場」における「自伝的自己」を支えるシステムの④を「棚上げ」することができませんと、禅修行の進展は、ある処で止まってしまうのです。

というよりは、禅修行の最大の目的は、この「禅修行の場」における「自伝的自己」を支えるシステムの④を「棚上げ」することにあるといっても、過言ではないのです。

 

私は、耕雲庵老師のいわれる「後期の数息観」を、比較的初心の方でも、体得し・味わい・使いこなすことを目的とした『ガイドマップ』を出しました。(Ver.3シリーズとVer.5シリーズとを2,3年前に出していますが、最近はこれを少し修正していますので、改訂版をできるだけ早いうちに発表したいと思っています。)

 

この『ガイドマップ』に沿って、坐禅の質を向上させて頂ければ、体性感覚の「中核自己に備わっている3つの宝物」の中の①「断」または「断」の機能および②「風の感覚・身体が感じる軽やかさ・・・重荷からの解放感・楽しさ」を体得し・味わい・使いこなすことができるようになります。そしてそのことによって、「自伝的自己」を支えるシステム②と④と⑤を「棚上げ」にすることが、徐々にできるようになります。

 

「3つの宝物」の①「断」または「断」の機能を体得するということでいいますと、『ガイドマップ』の二合目 ○⑧(『ガイドマップ』Ver3.5)または○⑩(『ガイドマップ』Ver5.1または5.2)に示した組み手。「気海(臍下丹田)の温かさに繋意」、五合目 重畳法2 ○呼気・吸気共に、両鼻孔からの空気の流れを「水溝」の近辺で末広がり状に感じている事(あたかも、アガサ・クリスティ推理小説に登場するムッシュ ポアロ氏のようなカイゼル髭が存在するかのような感覚)と「赤丸」とに繋意、五合目 重畳法3 ○呼気・吸気共に、「水溝」と「赤丸」とに繋意(最近は、吸気の時は「水溝」で空気の流れを感じ、呼気の時は「水溝」・「赤丸」・右手の小指と左手の小指とが重なった処へと、繋意の部位をゆっくりと移動させながら息を吐いていく、という方法に変えています。)、そして六合目 重畳法 4・・・随息の後期 3 ○呼気・吸気共に、「赤丸」と両膝頭を結んだ線(「赤丸」と両膝頭との3点)に繋意、以降の技法によって可能となりますが、徹底して「3つの宝物」の①を体得し・味わい・使いこなすためには、十合目 「止」の体得 ○呼気・吸気共に、只々「赤丸」に繋意、まで到達して頂きたいものです。(六合目以降の技法が、耕雲庵老師のいわれる「後期の数息観」に相当します。)

 

もしこの十合目 「止」の体得が可能となれば、「自伝的自己」を支えるシステムの②と④と⑤を全て「棚上げ」できることを、ご自分で本当に実感されることでしょう。

また「3つの宝物」の②「風の感覚・身体が感じる軽やかさ・・・重荷からの解放感・楽しさ」を体得するということでいいますと、七合目 すすきヶ原を行く ○呼気・吸気共に、「赤丸」と両手小指の重なった部位の感覚(両手小指を他の指から少し離して、両小指に空気の流れ(風)を感じる)に繋意や九合目 ○呼気・吸気共に、「赤丸」と両赤丸から両親指の末節骨の中間部から先端部(尺骨側の爪の部分に相当する処)にかけての空気の流れ(風)に繋意、の方法でも体得することができるのですが、徹底して②を体得し・味わい・使いこなすためには、十合目 別峰・・・薄紙一枚の坐禅 ○呼気・吸気共に、「赤丸」の尺骨側の隙間(薄紙一枚くらいの)を流れる微かな風の感覚に繋意、または「ガイドマップについて いくつかの説明」の⑳(Ver.3.5)または(Ver.5.1,5.2)で説明しています、道元禅師のいわれた「心を左掌の上に安んずる」(左手第二指の橈骨側の側面から左手労宮にかけてのやや冷たさをおびた空気の流れに繋意、または左手労宮近辺にやや冷たい水晶の珠を保持している感覚に繋意、または左掌に下弦の月を映しているという感覚に繋意しながら、左親指を右手親指で軽く支える)坐禅まで到達して頂きたいものです。(道元禅師の法を継がれた懐弉、えじょう禅師が道元禅師のお言葉を記された『宝慶記、ほうきょうき』に、「坐禅の時、心を左掌の上に安んずるは、乃ち仏祖正伝の法なり」とあります。)

 

さらに十合目 「止」の体得、または十合目の別峰・・・薄紙一枚の坐禅、または「心を左掌の上に安んずる」坐禅を体得することによって、「心不可得」(後に二祖慧可大師となられた神光という僧が、達磨大師からの“安心(あんじん)したければ、その安(やす)んじたいという心をここへもってこい”という御指示に真剣に取り組み、苦心惨憺の結果「心不可得」の境涯に到達されたという因縁からの言葉です)の境涯に達することができるのです。

 

しかもここに至って、「坐禅の行」という極めて限定された場面ですが、曹洞宗でいう「修証一如(修証一等)」が本当に体得できるのです。

 

なお『ガイドマップ』では記載していませんが、「3つの宝物」の③A「身体が感じる窮屈さ・身体が感じる弱さ・・・愁い・悲しみ」と③B「身体が感じるゆとり・身体が感じる穏やかさ・・・優しさ・思いやり」を体得し・味わい・使いこなすための「坐禅の行」につきましては、禅の奥義に関することですので、本稿のずーっと後の「奥ノ院の坐禅」について検討いたします時に、少しですが触れられるでしょう。

 

もう一つ、『ガイドマップ』に沿って修練する時の注意点を付け加えておきましょう。

『ガイドマップ』を何度か試して頂ければ、お解かりになるでしょうが、要は体性感覚を利用していかにして、「自伝的自己」(意味記憶によって気付く・知覚する、あるいはエピソード記憶を想起する)の領域に入らない技を体得できるかということです。    

 

そのためには、「日常生活の場」であれ「禅修行の場」であれ、坐禅の時には、「自伝的自己」が働くモードから「体性感覚へのトリップ」モードへと切り換えることに心がけると上達が早くなるでしょう。

そういう点では、『ガイドマップ』の二合目 呼気・吸気共に随息・・・随息の前期、○両手を両股に置く。触れられた股の温かさに繋意(最近では、吸気の時 左右の肩から首にかけての緊張感に繋意、呼気の時 軽く吐いて両肘に その後ほんの少しだけ吐いて両掌に、そして両股の温かさに繋意しながら息をゆっくりと吐いていく、これを繰り返す、という方法にしています。)とか○⑧(『ガイドマップ』Ver3.5)または○⑩(『ガイドマップ』Ver5.1または5.2)に示した組手。手の温かさに繋意(最近では、吸気の時 左手の親指で右掌の労宮近辺を強く押し、呼気の時 軽く吐いて右手の親指と人差し指とのリングに その後ほんの少しだけ吐いて右手の中指に、そして右手の薬指から小指へと繋意しながらゆっくりと息を吐いていく、これを繰り返す、という方法にしています。)という技法は、「体性感覚へのトリップ」のとてもよい切っ掛けとなるでしょう。(「体性感覚へのトリップ」のために体性感覚への繋意の部位を変えていくという方法は、マインドフルネスでいうボディースキャンという技法と同じ意味を持っています。)