禅と茶の集い

みをただし いきをととのえ すわるとき そのみ そのまま みな ほとけなり

寺院仏教が問われているもの「禅と茶の集い」便り(210)

今日の輪読会は、「寺院仏教が問われているもの」を読んだ。
 
若い人たちが自分の人生について、国の歴史について、学問について全然問題意識をもたず精神が退廃し新興宗教に狂わされている中で、寺院がただ葬式や法事だけをやってぬくぬくと生きているのは許しがたい。」
 
話し合いの中で放送大学の講義の中で、坐禅中に何故眼を閉じないのかという質問に対し講師が、お釈迦様が坐禅中眼を開いていたからという答えだったとのこと。
それだけでは、あまりにも情けない説明である。
 
茶室は義存さんが高級な線香をたててくれた。
一箱5000円ないし1万円でも、飲み代に比べれば安い物とのことであった。
飲み代優先の私には耳が痛かった。
 
亭主は守端さんで、冷茶で菓子は栗饅頭であった。
参加者は8名であった。