禅と茶の集い

みをただし いきをととのえ すわるとき そのみ そのまま みな ほとけなり

現代社会人のための禅修行階梯 第一部(1)アントニオ・ダマシオの「中核自己」と「自伝的自己」について

                 太田 東吾 著 Ver. 2.1, 01/2021

第一部 「自伝的自己」が働き出す以前の感覚の中の「宝物」を求めて

 

第一章 アントニオ・ダマシオの概念および用語

 

Ⅰ アントニオ・ダマシオの「中核自己」と「自伝的自己」について    

 

脳科学者のアントニオ・ダマシオは、地球上の生物進化史の中で、ヒト の脳が進化してきた過程から、情動・感情とか意識・心・自己がどのよう にして生まれたのかなどについて、数多くの業績をあげています。

そして彼は生物進化史的にみて、自己を「中核自己」と「自伝的自己」との2種に分 けています。

ヒトの胎生期から誕生直後までは、神経細胞のネットワークが未発達の ため存在のみの状態であることをもって、「いま・ここ」のみの自己としています。

そしてこの自己は、視覚的イメージおよび言語の記憶が集積される前の自己であるとして、これを「中核自己」と定義しました。  

 

一方、視覚や言語の活動が盛んとなり「視覚的イメージや言語を操る力」や「過去・現在・未来を考える力」などを獲得した自己が生後18カ月頃までに成立し、その後強化・修正されていくといっています。

この自己を「自伝的自己」と定義しました。

 

視覚的イメージおよび言語に関する情報は、誕生後に記憶細胞群(記憶の貯蔵庫)に集積されます。(視覚的イメージおよび言語の記憶を陳述的記憶といいますが、これらは短時間(~20秒、長くて数十秒)大脳辺縁系の一部である海馬で貯蔵され、その中から選択されたものが、長期貯蔵庫に移されます。)

 

長期の陳述的記憶は、エピソード記憶(個人の出来事に関する記憶、一般に「覚えている」といわれるもの)と意味記憶(定義とか数式とか歴史的なこととか社会常識などの記憶、一般に「知っている」といわれるもの)に分かれます。

エピソード記憶の長期貯蔵庫は、大脳辺縁系の一部である海馬およびその周辺とされています。それに対して、意味記憶の長期貯蔵庫は、大脳辺縁系外の大脳皮質 側頭葉とされています。)  

ヒトは記憶細胞群(海馬およびその周辺、大脳皮質 側頭葉)に集積された陳述的記憶などを参考にして、次の行動を決めていきます。

そのうちに行動が一定のパターンになったとき、それを個性とか自我とかエゴつまり「自伝的自己」というのです。  

 

ダマシオは、生物進化史のなかで、いかにして情動・感情、意識・心・自己という機能が生まれてきたのかという系統発生的な事柄に研究の主眼を置いていて、個人の精神的成長(「人間形成」)における「中核自己」および「自伝的自己」の役割を探求することは、自分の仕事の範囲外と思っているようです。 しかも日本の片隅で、古くから多くの先達が究明してきた禅の修行の意味を、彼の概念・用語を用いて説明しようとしている太田 某なるものが居ることを知るよしもありません。

しかし私のほうは、個人の精神的成長(「人間形成」)における「中核自己」および「自伝的自己」の役割こそが、関心の的なのです。