今年も鎌倉で,鎌倉市内の宗教者が集い『祈りの会』が円覚寺で開催されました。
3つの宗教で会場は持ち回り,鎌倉の神道 仏教 キリスト教が合同で大震災のわずか1か月後に4/11に鶴ケ丘八幡宮と海岸で開催された復興慰霊祭でした。
神道と合同と言うだけでも珍しいのに雪の下教会さんも交えてキリスト教徒さんとも合同でしかも12年間続いてきたまさに奇跡的な行事だと思います。
本当の祈りと言うものは教義を超えて共鳴するとは鶴ケ丘八幡宮の吉田宮司のお言葉だそうですが,まさに宗教の本質を見た思いです。
今年は仏教の番だそうで円覚寺で行われました。
震災が機縁となり,お互いの宗教の交流が始まったともいえると思います。
そして本日の日曜説教のタイトルは「死を通して学ぶもの」
沢庵和尚の
「たらちねの呼ばれて仮の客として 心残さず帰るふるさと」
また和歌の
「行くときは別れ別れに違えども 流れは同じ 蓮の台(うてな)に」
など紹介されておりました。
東日本大震災の死者は推定16000人 先日のトルコ地震はその3倍にもなる45000人 そして3年前から始まった世界の疫病とも言うべきコロナ(covid-19)の死者数は世界で680万人にとさえ言われております。
死が本当に「ふるさと」なのか私には知るべくもありません。
しかし死ななくても済む命が失われるのは痛恨の極みであります。(Ym)